総合月収300万円をITド素人だった僕がITエンジニア×IT副業で実現するまで

はじめまして。ミレーといいます。

まずは僕のことを知らない人のために簡単に自己紹介をしていきます。

僕の日常や実現したことを簡単に紹介すると、

  • ITエンジニア×副業で月収が最高で300万円超え
  • 自分が勝てる市場を狙えるので、5時間ほど作業して300万円の収入を得たり
  • 社内で自分にしかないスキルがあるから予定も好きになように決められるので、職場でも自由に仕事が出来ている
  • 残業続きの同僚を横目に毎日定時で帰宅して、有給も遠慮なく全部使って自分の時間を楽しんだり
  • 収入が増えてから家事代行を使うようになって、家事をしない分の時間を自由に満喫したり
  • 自分のスキルで稼ぐことができるので、会社が潰れてもクビになることもリスクではない状態
  • 自分でビジネスしたら月数千万稼ぐ起業家や億単位稼ぐ経営者との出会いも増えて自分の世界が広がった

など充実した日々を過ごしています。

胡散臭い部分もあるかもしれませんが、
これが今の僕の日常です。

ちなみに、
僕はもともとITエンジニアにしてもビジネスにしても特別な才能があったわけではありません。

現在36歳(2020年)ですが、
ビジネスに関して学び始めたのは34歳の時です。

学んできたからこそ今の生活があります。

先ほど紹介した日常だけ見ると順風満帆の人生に見えますが、
僕は学歴も高くなく、
何をとっても平均以下でした。

とても順風満帆とは言えません。

30過ぎまでずっとやりたいこともなく、
将来には漠然とした不安がありました。

中学生の時からは挫折ばかりで
挑戦することからはずーっと逃げて
楽な方ばかり選んできました。

そして社会人になっても、
会社の同期には差を付けられ、
後輩にもすぐ追い抜かれて、
末端の会社員の出来上がりです。

自信なんて持てたこともなかったです。

でもプライドだけ高いみたいな。

そんな末端の会社員だった僕がどうやって今の状態になったのか。

このメディアでは僕が学んできたことや経験したことを元に、
経済的にも時間的にも余裕を作る方法を発信していきます。

これから僕の発信を見ていくにあたり、
僕の過去の経緯も知ってもらったほうが理解しやすいので、
過去の話から書いていきます。

中学生:頭がいいと勘違いして初めて挫折を経験する

中学校までは、
何かに挑戦したこともなければ苦労なんてこともしたことはありませんでした。

ごくごく普通の子供です。

勉強も部活も出来る方ではありません。

中学校も受験とは無縁の公立でした。

中学校での成績は順位は出ずに自分の偏差値だけが分かるような環境です。

当時は受験もまだ経験してなくて、
偏差値のこともあまり分かってませんでした。

自分の中で成績は
「多分真ん中くらいだろうな」
くらいに思ってました。

特別成績の話はすることはなかったのですが、
クラスの中では何故か頭がいい方と思われてました。

僕の雰囲気だったのかもしれません。

実際はどうあれ、悪い気はしないものです。

というか都合よく勘違いしていたと思います。

それから中学3年生の時に高校に進学するために、
初めて受験というものを経験します。

当時一番仲が良かった友達がいて、
高校も同じところを受けることになりました。

県内では中くらいのレベル感の高校です。

僕はこの高校は自分のレベルで受かると思って選びました。

試験が終わっても手応えがあって、
自分は大丈夫だろうと、
そもそも不合格となるのは他人事と思ってたくらいです。

その後、合格発表は一人で見に行きました。

自宅からも自転車で行ける距離の高校で、
受かったらこの道を毎日通るのかーとか思いながら自転車を走らせてました。

到着すると僕以外も合格発表を見に来てる人が掲示板の前に溜まっていて、
同じ中学校の人も見かけました。

自分も掲示板の方に行き、
自分の番号がないか探しました。
「あれ?」
と思って番号が飛んでいて、
僕の番号が見たらないんです。

落ちたことを認められず、
何かの間違いとも思いたくて、
端から端まで掲示板を見てみました。

何度見ても受験番号が見当たらなくて、
不合格という現実を突きつけられました。

どうしたらいいか分からなかったけど、
他の同級生と顔を合わすのも嫌で、
合格発表の場から逃げるように去りました。

それから家に帰ろうとするも、
親に報告するのも嫌だったけど
いく当てもなくのろのろと自転車をこいでました。

家に着いたら親からは
「どうだった?」って声が聞こえてきたけど、
顔を合わせられず、
「ダメだった」
とだけ答えました。

その後も
「えぇ!?本当にちゃんと見てきた??」
って聞かれて、
答えるとさらに現実を突き付けられるようで、
何も言わず部屋にこもってました。

難関と言うほどレベルの高い学校でもないです。
だからこそ辛いのですが。

しかも、友達や他の仲が良かった同級生も受かり一人だけ不合格という結果になりました。

この時初めて挫折というものを味わった気がします。

それまではクラスでは頭がいい方と思われていて、
普通レベルの学校にも入れずメッキが剥がれました。

高校は結果として第一志望は落ちたので、
滑り止めの学校に決まりました。

僕が行くことになった高校というのは、
地元では第一志望落ちた人が行く滑り止めの代名詞のような学校です。

スポーツのためとか特別な理由がない人限りですが。

なので、同級生に「高校どこ行くの?」とか聞かれるのだけは嫌でした。

答える度に落ちた現実を突き付けられる気分になるからです。

高校受験に失敗してからは、
中学校までの同級生に会うと受験に失敗した人と見られてるようにも感じて引け目を感じるようになります。

高校に入って数か月後に同窓会がありましたが、
顔を合わすのが嫌で参加することはありませんでした。

高校生:コミュ障の発覚と繰り返す挫折

高校に入ると、
環境がガラッと変わりました。

高校に進学しているので環境は誰しも変わるものですが、
僕にとっては知っている人がいないというのは初めての経験です。

というのも田舎なので中学までは2クラスで、
保育園からずっと同じ同級生も多かったのです。

なので、人間関係は中学までは大きく変わりませんでした。

しかし、高校からは同じクラスには一人も知っている人がいない環境です。

この新しい環境になってからは、
しゃべる人がいなくなりました。

というのも、自分から人に話しかけられないんです。

何て話しかけて良いか分からないし、
話しかけたらどう思われるかとか、
分からなくて怖かったんですよね。

だから何か聞かれたときに答える程度で、
人と仲良くなることができません。

コミュ障だったってことです。

一人でいることが多くなりましたね。

お昼休みももちろん一人です。

そんな日常がしばらく続いてから、
話せるようになった人がようやく出てきます。

自分が変わったわけでもないのですが、
授業の一環で2人組みになったときの相手がたまたま趣味の会話ができたのがきっかけでした。

おかげで3年間ずっと一人でいることはなかったです。

とはいえ、常に一人ではないだけでイケてるグループみたいなのとは無縁の陰キャ側のメンバーの一人って感じでした。

 

勉強の方は高校になるとどの教科も歯が立たず、
初めて受けた試験も赤点間際のような教科もちらほらありました。

さすがの試験結果に親も驚いてたのを覚えてます。

「何でこんなに悪いの!?」ってマジで呆れて、というか、引いてました。

中学校のときは取ったことがないくらい低い点数だったので。

その後、塾で勉強するようになり、
そのおかげで数学や英語から点数が伸びてきました。

試験の回数ごとにクラス内の順位は上がり、
上位に入るようになりました。

順位がかなり上がったので、
勉強の方は少しだけ自信が出てきます。

しかし、順位が良かったのは中間試験や期末試験のような定期試験だけだったのです。

定期試験は出題範囲が決まってるものなので、
勉強する範囲は狭いです。

範囲が狭い分一夜漬けでも点数取れてしまうのです。

なので、模試とか学力テストのような広い出題範囲になると太刀打ちできませんでした。

学力テストとかを受けると

「全く分からん…」

って感じで問題が分からなくて、
もはや試験時間が暇過ぎでしたね。

分からなさ過ぎて試験問題より時計眺めてる時間のほうが長かったです。

結局ずっと定期試験だけ乗り切ってきた状態でした。

こんな状態で大学受験に入ります。

ただ大学に進学を決めているものの、
将来やりたいことなんてありません。

やりたいこともなくて
なんとなくイメージできそうな学部を選んでました。

将来やりたいこともないので、
大学受験といっても目標も
「大学に行けたらいい」
というくらいのものです。

大学に行けばやりたいことが見つかるとか思ってましたね。

目標くらい明確になっていれば勉強も身が入ったいたかもしれません。

大学に進学することにしたものの
模試に太刀打ちできなかったのに、
大学受験というのは無理があります。

対策は志望校の過去問を買ってみたぐらいでした。

過去問を買ってみても問題が意味不明でまともにやらなかったです。

過去問も全く出来なくて絶望的でしたが、
奇跡でも起きないかと思って受験してました。

もちろん大学受験も失敗。

しかも落ちては志望校のレベル落としてを何度も繰り返しました。

奇跡が起きない限り受かるわけもなく、
受験に落ちすぎて不合格になることすら慣れてくるレベルです。

そして、行きついたのは地方のFラン大です。

「またか…」

という感じで高校受験に失敗して進学した時と同じような挫折感で大学に行くこととなります。

大学に決まった後は、同級生に何処の大学に行くかとかの話には絶対参加したくなかったし、
卒業までなるべく喋らないように距離を置いてました。

大学生:堕落した大学生活を送る

当然の結果ではあるものの、
自分の通っている学校を言うのも恥ずかしく感じてました。

たまたま中学校の同級生とばったり会ったときに、
「どこ(大学)行くの?」
とか聞かれて最悪の気分でしたね。

大学では単位を取る事自体は難しくなく、
割と早くに必要な分を取る事ができました。

そのおかげで時間はあります。

空いた時間を勉強に使うどころか、
バイトもせずにほとんどの時間をゲームに使うようになりました。

そしてある時友達からオンラインゲームに誘われます。

いわゆる「ネトゲ」と言うやつです。

このネトゲをやるようになってから、
よりゲームの時間が増えるようになりました。

とうとう生活が昼夜逆転してネトゲ廃人のようになります。

昼夜逆転し始めてからは、
朝に起きることが全くできなくなり、
起床時間がだいたい夕方です。

夕方まで寝てるとさすがに夜に寝ることは出来ません。

食事やお風呂みたいな生活以外は無思考にひたすらゲームです。

堕落しきってますね。

大学の3年生になるころ、
就活を意識し始めます。

早い人はさっさと準備し始める頃です。

そんな頃僕は相変わらず昼夜逆転するほどネトゲ生活です。

周りから就活の話も入ってくるようになり、

「え?もう企業説明会とか行ってんの?」
「まだ何にもしてないし」
って自分だけ遅れていて、
さすがにだらくの生活に危機感を持ち始ました。

夕方に起きてる時点で就職以前に就活なんてできるわけないので。

そこでバイトを始めることにします。

朝起きないといけないバイトを選びました。

夜でもできるコンビニみたいなところだと生活が変わらないので。

さすがにバイトとはいえ強制力があったので、
生活する時間が元通りにになってきました。

そこから少しずつネトゲからバイトが中心になる生活になってきます。

今更過ぎますが「いつ勉強してんだよ」って感じですね。

そして、バイト中心の生活を経て、
就職活動をするようになります。

就活を始めてみたのですが、
県内外いろいろ受けてはことごとく落ちました。

大学受験の時の辛いことを思い出させてくれますね。

内定通知が来ては
「残念ではございますが~」
と目に入っては
「またか…」
という感じです。

なんせ面接ではろくにしゃべれませんでしたから。

アピールができないのですよ。

履歴書なんて就活本の通りに書くことしかできませんでした。

ネトゲしてたツケが回ったってことですね。

自分のアピールできる所なんてありませんでしたから。

周りが内定もらう中なかなか内定とれない状態で日に日に焦ってきました。

就活する期間が長くなって面接に慣れてきたのもあったのか、
8月の終わりくらいにようやく内定を取ることができました。

IT企業に就職したらプログラミングが地獄

就職したのはIT企業でした。
地方の中小企業です。

ちなみにIT企業に就職したのは、
大学では情報系の学科だったためです。

なので全くITのことを知らない状態で就職したということでもありません。

ですが、ここでも怠惰な大学生活のツケが回ってきました。

大学では多少プログラミングをしてましたが、
ろくに基礎を理解もせずに単位だけとってました。

そのおかげで他の同期とは1年目から技術的には差があり、
プログラムを見よう見まねで動かすことが精一杯なんです。

自分の頭を使えずに答え見せてもらってるようなものです。

よく分かってもないくせに、
分からないことを聞くことも苦手でした。

聞けば早いことも聞けずに時間がかかるばかりで、
無駄に毎日遅い時間まで残業もするはめに。

プログラミングは苦痛でしかないです。

毎日のように
「なんでITとか向いていない業界に来てしまったんだろう」
と思う始末です。

IT業界に来たことを後悔していても、
転職する勇気もなければ転職できる自信もありませんでした。

なんにもできないんですから当然です。

だからと言って学ぶわけでもなく、
目の前ことからは逃げてました。

受験の時も就活の時も
この繰り返しなんですよね。

プログラミングが苦痛なだけでなく、
電話対応も苦手で逃げてました。

というのも新人は電話を取るという文化だったんです。

なので新人の時は電話対応が仕事の一つでした。

ですが、
電話対応が嫌というか怖すぎて、
コール音なる度に
「誰か取ってー」
と祈ってました。

そのうち僕がまったく電話を取らないことがバレまして、
強制的に電話を目の前に置かれて一時的に電話担当になりました。

プログラミングも苦痛
電話も苦痛
しばらく最悪の毎日が続きました。

プライドが高いだけの末端社員の出来上がり

社会人になってから数年経ってからは、
出来ることが増えました。

一人で案件をこなすこともするようになってきます。

でも相変わらず自信はないものです。

社内では自分より出来る人が普通にいますから。

新人の時から同期とは差は出てましたが、
数年も経てばさらに差が出ました。

同期は出世して役職がついてましたが、
僕は役職は付かず差が付く一方です。

なんなら、後輩にも抜かれる始末です。

挙句に
「責任増えて給料はさほど増えないなら出世とかしたくないわ」
とか思ってました。

プライド高いだけのやつです。

当時激務な環境で残業代は出ず長時間労働が日常な状態でした。

それもあって、
「どうせお金を使う暇なんてない」
と忙しいということで薄給であることを肯定してました。

激務で毎日サービス残業で給料が安いなら転職という選択肢も考えても良かったのですが、
相変わらず自分の能力には自信が持てず、
現状維持に逃げてたんですね。

30代から危機感が増してようやく転職

30代に入ってからも相変わらず忙しい日々でした。

30代前後というとキャリアの事や将来のことと色々考える頃合いです。

僕の場合は相変わらず自信もないし、
キャリアというよりなんとなく
「将来が不安」
という状態でした。

一度会社の業績により給料が減ったこともあり、
時々収入に対して支出の方が多いなんて月がちらほら出てきました。

ちなみにお酒やタバコでお金が出ていくこともなく、
そもそも激務だったのでプライベートの支出が多いとかではありません。

収入の低さによるものです。

支出の方が多い月が増えてくると貯金を切り崩して生活してるようなものです。

30代という年齢の今後のキャリアとか以前にこの低い収入が続くのはヤバいと感じました。

いずれ少ない貯金など枯渇しますからね。

この危機感から
「辞めよう」
とようやく自分の中で決意しました。

受験にしても、就活にしても、
こういうイベントでは毎回苦労してきたので、
どうなることやらとは思ってました。

しかし、転職に関してだけは人の縁があり、
難なくあっさり転職できました。

転職したら自分の出来ることに気付いて仕事がイージーモード

転職先はまたIT企業です。

前職とは全然違ったことをしている会社だったので、
新たな環境で今回こそは成長出来ないかという気持ちでした。

転職して早々ある仕事の担当を任せられました。
その仕事は前の職場で散々やってきた内容です。

転職した会社にはノウハウとして持っていない内容でしたが、
僕からするとなんてことない仕事でした。

試験とかで
「この問題解いたことある!」
くらいのイージーモード。

転職して早々ほぼ一人で仕事をこなして初めて自分がITエンジニアとして自信を持てました。

前の職場では全く自信がなく、
ずーっと他でやっていけるわけないと思ってたくらいだったので。

環境が変わってようやく、
自分の出来ることが見えるようになりました。

自分の技術に自信を持てからは、
自分から新しいことにも挑戦するようになりました。

転職前の僕には挑戦など絶対なかったことです。

新しいことをやればまたスキルにもなります。

ITエンジニアとしてレベルアップできるようになりました。

ビジネスとの出会いと学べば稼げる世界

転職してからはITエンジニアとして自信を持てるようになり、
長時間労働からも解放されました。

長時間労働やサービス残業はなくなりましたが、
まだ将来的な不安は拭えません。

まだまだ会社に依存している生活には変わりなかったからです。

僕の不安っていうのは、
自力で生きる術を知らないことが根にあったんですよね。

前職で給料カットや貯金を切り崩す経験もあったので。

転職によって長時間労働がなくなった分は時間があります。

ここで空いた時間を大学生活のように使うわけにはいかないのです。

せっかく空いた時間を何か使いたいと思ってたとき、
たまたまある起業家のwebサイトを目にしました。

最初はちょっと変わったサイトだなーくらいでしたが、
気になって後日また見てみました。

ほとんど働かずして年数千万稼いでいるという起業家で、
胡散臭さしかなかったです。

「怪しいなー」
とか思いつつ見てみると、
自分と同じ年齢で似たような部分や同じような経験もしてるところに興味が引かれました。

そしてこの起業家がやってきたことを知ってから自分でもビジネスをやってみたいと思うようになりました。

どこか今からでもやれば将来を変えていけるっていう希望があったんです。

高校時代も大学時代も社会に出てからの20代も学んでこなかった結果、
挫折ややらなくもいい苦労をしてきました。

社会に出てからは特に大学で無駄にしてきた時間をめちゃくちゃ後悔してきたのです。

ここで何かやらないと後がないと思って、
ビジネスを学ぶようになりました。

これまで何にも挑戦せず楽な方ばかり選んできましたが、
初めて本気でやろうと決意しました。

学べば学ぶほど世界が広がり、
如何に自分が無知であったかを知らされました。

知ってれば稼げる世界です。

プライベートの時間は友達と会うこともやめて、
全てビジネスを学ぶことに費やしました。

成果が出るまで諦めずに毎日学びました。

そして成果も少しずつ出てきて、
とうとう自分のビジネスだけで会社の給料以上を稼ぐようになります。

学んで、やったらやっただけ稼ぐことができました。

今までにない経験です。

学んだら稼げることに旨みを覚えて、
稼いだ分はまた学ぶことにお金を使うようになりました。

以前は失敗が怖くて何も挑戦出来ませんが、
出来るか分からないことにも挑戦するようにもなりました。

自分のビジネスで失敗してもITエンジニアの収入があるからです。

副業から独立したけど内心収入には不安を抱えている人は少なくないです。

僕はITエンジニアのスキルがあるので独立してもコケても最悪食べていけます。

経済的にも精神的にも余裕ができただけでなく、
ビジネスを通して人間関係も変わってきました。

気付いたら将来が不安みたいなネガティブな感情はなくなり、
「もっと学んでいろんなことをしていきたい」
とポジティブな感情になってました。

「希望しかない」

みたいな。

そして、今の僕の日常があります。

 

長くなりましたが、
ここまでが今に至るまでの僕の経緯です。

僕はビジネスだけでなく、
もちろんITエンジニアを通して得られたものは多いです。

ITエンジニアで培ったものがビジネスにも活かせてます。

ITエンジニアと副業で始めた自分のビジネスの両方があって、
経済的余裕と精神的余裕を得られました。

「ITエンジニア×副業」のスタイルが今の僕ということです。

ここまで読んでいただいたので良く分かると思いますが、
僕は才能なんてあったわけではありません。

もちろん勉強ができたわけでなかったことも、
ここまでの経緯の通りです。

ダラダラ生きてた結果、
挫折を繰り返し
プライドだけは高く
楽なほうに逃げてばかりいました。

ですが、僕は変わることができました。

きっかけと学んだからです。

年齢も30超えてからです。

僕が特別だったから出来たわけではないという事です。

なので、僕の発信がきっかけで、
昔の僕のような人や将来に不安を感じている人に、
少しでも良い影響を与ることができれば嬉しいです。

僕は「ITエンジニア×副業」のスタイルから、
ITエンジニアとして経験してきたことや、
ビジネスをして学んできたことを発信していきます。

  • 月収300万円以上稼いだ誰にでもできるたった一つのこと
  • ライバルを一気に出し抜けてイージーモードになれる人とそうでない人の違い
  • ITエンジニアでもビジネスでも成果を出す人の共通点
  • 金持ちITエンジニアと貧乏ITエンジニアになってしまう違いの話

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